【PR】この記事にはアフィリエイト広告を含みます。
前回の記事の続きで、この記事ではGrand Egyptian Museumに移されたツタンカーメンの副葬品について、特に有名なものとかエジプトに行ったときに最低限の知識として知っておくと良いかも?みたいなものをあげて書いてます。
まずツタンカーメンは、父親のアクエンアテンが一神教へ宗教改革をして異端の王とされたために、墓が発見されるまで彼の存在、というか彼らの一族の名前が王名表から消されていました。
1922年の11月4日に、これまた有名なイギリスの考古学者ハワード•カーターという人が発掘作業の最後の支援ギリギリでツタンカーメンの墓を発見しました。(最初に見つけたのは水汲みをしていた少年という説もある)
本当にそれは世紀の大発見で、お墓も未盗掘だし墓自体の大きさは小さいけど付属室、前室、玄室、宝庫の4部屋から5000点以上の副葬品が発見されました。ほぼほぼ金だし、装飾にもいろんな好物が使われたりで副葬品からはラムセス2世級の偉業を成し遂げたような王かと思いきや、9歳で王に即位して10年ほどで崩御。しかも亡くなった理由も分かってないとゆう謎具合なのに、副葬品が黄金すぎる謎具合。
なんにせよ、ツタンカーメンの副葬品はどれも本当に美しいものばかりで何度見ても感動します。
ツタンカーメンの財宝
カイロ考古学博物館には過去3回行って、そこではツタンカーメンの財宝の数々を拝んできました。
あえて何も調べずにここにきて、ツタンカーメンの副葬品がGEMに移ってから今まで展示されてなかったものが大量に展示されとるって情報だけは知っていました。
エリア内に入るともう圧巻。これは全ての展示品にいえるけど、カイロ考古学博物館の頃のあの小さいスペースと通路に見にくいガラスに覆われて展示されてあったものが、レベチなぐらい綺麗に丁寧に展示されとるなあと、黄金のものが多すぎて余計に思いました(笑)
ツタンカーメンのチャリオット(戦車)
ツタンカーメンの副葬品のエリアに入るとすぐに、大量のチャリオットや弓など戦いの道具が展示してありました。
カイロ考古学博物館にもあったけど、ここまで大量のチャリオットがあるとは思ってなかった、、、。

大量にあるしまあまあ暗くてなかなか写真に収めるのが難しい、、(笑)
でもやっぱ近くで見ると本当に繊細なデザインだし、戦車なのにおしゃれといえる。形もいわゆるエジプトの壁画でよく見る戦車のまんまの形でこれは自分の目で、間近で見んとこの迫力とデザインの美しさはわからん気がする。

ライオンの香油の容器
これはツタンカーメンの副葬品でよくみる感じのアラバスター製の容器。

パッと見て容器に見えんけど、お腹の部分と頭の部分には乾燥して黒くなった脂肪のような物質の香油が入っとったらしい。

ツタンカーメンの副葬品は黄金に目が行きがちだけどこーゆー繊細なデザインが施されとる容器類とかもほんと可愛くてマジ好きなんよなあ。
ツタンカーメンの黄金のマスク
カイロ考古学博物館の時はツタンカーメンの黄金のマスクは小さい部屋に展示してあって、撮影も不可能だったし、暗めの部屋で少し見にくい感じで展示してありました。
ここに来る前にネットで写真を見とったし、ある程度どんな感じの展示の仕方かってのはわかってはおったけど、いざ自分の目でちゃんとみると細かいとこまでマジでよく見える。し、ガラスが綺麗すぎて本当に見やすい。しかも少し並ぶけど写真が全角度から撮れる、、。



しゃがめば内側もはっきり見えるし、4回目にして初めてマスクの内側を細かく見ることができました。
目元のラピスのアイライン、おでこ部分にある上エジプトの守護女神であるハゲワシのネクベト神、下エジプトの守護女神であるコブラのウアジャト神。マスクに輝きを出すために18金と22金の合成粉末をふりかけてこの尋常じゃない輝きを生み出したというのがえぐい。
普通に、冷静に、何回見てもデザイン美しすぎるし色合いが綺麗すぎるし美術品として半端ない代物だなと思う。
ツタンカーメンの黄金のマスクの内側のつくりが気になる方向けの動画はこちら↓
ミイラの装飾品
ツタンカーメンのミイラには、ヒエログリフが書かれた黄金の装飾帯や、手をクロスにして左手にネケク、右手にヘカを持った手、お腹の部分にはイシス女神など沢山の装飾がしてありました。

これはミイラにこんな感じで装飾してありましたよってゆう再現で、実際はもっと護符が置いてあったりがあったんだと思うけど展示してあるもの全て本物だし金とかラピスとかが使われたツタンカーメンといえばの色合いで、本当に「永遠」とか「復活」みたいなよく聞く単語がものすごくしっくりくるというか。とにかく本当に美しい、、
幼少期のツタンカーメンの頭部の像
私がツタンカーメンの副葬品でお気に入りの一つがこれ。

この像は、お墓の下降通路を一部塞いでいた石屑の中から見つかりました。褐色に塗られた子供のツタンカーメンの頭部ががロータスから生まれているような姿=ロータスから生まれる太陽のような姿を表しています。
古代エジプトではロータス(蓮の花)は朝に花が開いて夜に閉じるという、「再生」とか「復活」の象徴とされていました。この像では、ツタンカーメンが太陽神と結び付いて王が永遠に生き続けることを表しています。
古代エジプト人の宗教観というか死生観というかものすごい独特だと思うし、今普通に生きとったらそんな発想にならんというか。蓮の花が永遠に復活し続けとる!とはならん。それで王を太陽神と結び付けてその像を作ろう!ってなるのが、発想というものなのか。それともそーなるのは宗教的とか思考が当時からすると普通なのか。本当に考えれば考えるほど止まらん楽しい、、
ツタンカーメンのマネキン(?)
ツタンカーメンのマネキンと言われるものがこれ。

なんで正面から写真撮らんかったんじゃろうかと自分につっこみたい(笑)
儀式で使う衣類をこのマネキンにかけていたとされとるけど真偽は不明。だけど大きさ的に等身大な可能性は大いにあると思う。
やっぱツタンカーメンの像とか他の副葬品もだけど、どこか子供っぽさがあるなと顔を見て思うし威厳さみたいなのは無くて、常にやおい感じのいい子なんじゃろうなあ感がある(笑)
ツタンカーメンの黄金の玉座
この玉座ほど価値がありすぎて座るのが申し訳なくなりそうな椅子が他にあるんかって感じ。



カイロ考古学博物館にあった時とは比べ物にならんぐらい輝きを感じた。
この玉座は、背もたれの部分に左のツタンカーメンの前に妻のアンケセナーメンが立っていて、ツタンカーメンに香油を塗る姿がアマルナ様式で描かれています。二人の間には、ツタンカーメンの父親であるアクエンアテンが信仰を始めたアテン神が描かれています。アテン神の名前はもちろん、アメン神の名前があるのがまた面白い、、
後ろ側も撮影した動画があるので興味があったら見てみてください💁🏻
ツタンカーメンの子供の棺
ツタンカーメンとアンケセナーメンの間には子供が2人いたとされていて、その子供は生まれて間もなく亡くなったとされています。
その子供の棺もツタンカーメンのお墓から発見されています。

しっかりとした棺で、小さいマスクも作られています。黒い少し大きめの棺の中に金で覆われた棺が入っており、その中に小さなミイラがありました。
この子達がもし生きていたら歴史がすごく変わったのかなあと思う。この世に生まれてすぐに亡くなっても、永遠の意味を持つ金が棺に使われとるし最大限の弔いを感じる。
まだまだGEMに展示されとるツタンカーメンの有名な副葬品があるのですが、長くなってしまうので次回の記事で続きを書いています☺️
コメント