✈️ ツアーで行くエジプト旅行・ルクソール西岸

【世界遺産】カルナック神殿(ツアー6日目)

人生で初めてツアーに参加して訪れたエジプト旅行は6日目に突入。前回の記事の続きで、ルクソール西岸の観光について書いていきます!

前回の記事はこちらから💁

昨晩はルクソール神殿に行き、ライトアップされた美しすぎて気を失いそうになりました。

この日は朝から、私的エジプトの2大神殿であるカルナック神殿を訪れました。

カルナック神殿とは

まず最初にカルナック神殿がどのような神殿なのかをざっくり説明します🥺

カルナック神殿とは、新王国時代に建てられた、当時テーベと呼ばれた現在のルクソールの守護神だった3柱神(アメン神、その妻のムウト女神、2人の息子のコンス神)を祀るための神殿です。

神殿の作りは、新王国時代に作られてからギリシア・ローマ時代まで造営され続けたためすごく複雑な作りです。その中にその他の神様を祀る神殿があったり、たくさんの歴代の王の神殿などがあります。

スフィンクス参道

まずは、神殿に入る前にあるスフィンクス参道から。

このスフィンクスは、前回の記事で書いたルクソール神殿と繋がっています。

牡牛の姿のアメン神。こんな神聖な参道通っていいものか、、。

神殿に入る前から聖域が始まっとる。語彙力がないのは確かだけど、本当に言葉じゃ表せん感動があって、できるだけゆっくり見たくてツアーのみなさんの1番後ろを歩く、、。

もうこの時点で信じられんほどの感動。

第1塔門

第1塔門は、第30王朝(末期王朝時代)に作られました。

塔門の幅は113m、高さは43mにもあるでかすぎ入り口。

プトレマイオス朝時代のものって説もあるけど、明らかに装飾が少ない、、というか塔門を作るためのスロープの跡?みたいなのも残っとるし。

手前のヤシの木がすげーいい味出しとる(笑)

なんか石の積み上げ方も古代エジプトです!!って感じじゃなくて、私のエジプト文明レーダーが反応せんかった、、(笑)

第1中庭

第1中庭は、第22王朝と第25王朝(第3中間期)に作られました。

写真の中央にあるのが、第25王朝のタハルカ王のパピルス柱です。

いや、こんなのどーやって建てたん?と突っ込みたくなる。んで、何千年経って25王朝になってもパピルス柱というのが作られとるってゆーのが、エジプト文明ってまじ一貫性あるなあって思った。

今は一本だけ残っとるけど、完成当初は10本あったとされています。

第2塔門

先ほどの写真の奥にあるのが第2塔門です。

やばいてwwルクソール神殿でもこんなような光景あったけど、明るいとこで見るこの光景まじ迫力やばいww

なんでみんなそんな平然とした顔でこの素晴らしすぎる建築物を見れるん?と不思議に思うぐらい、説明真剣に聞いとるし、、。

ちなこの塔門は、第19王朝(新王国時代)のセティ1世が建てたもの。左側の像は、第21王朝(第3中間期)のパネジェムの像。右側の像は、第19王朝(新王国時代)のラムセス2世の像です。

タハルカのパピルス柱見とる時に、目の前にこの光景が来るまで奥を見んようにしたけど、普通に無理だった。視界に入ってきてしゃーなかった、、

ため息が無限にでる。尋常じゃない美しい景色、、。

塔門全面に、第1塔門とは違ってレリーフがぎっしりと書かれています。さすがセティ1世。

じっくり見たすぎるのに、説明が終わると次々進んでいきます。ツアーの参加者は多分、ガイドさんが何を言いよんのかさっぱりわからんかったと思う、、。同じような名前がいっぱい出てくるのにその場で理解できるはずもない。

そんな中私は1人、説明を聞いて「これがあれかあ!!」とか、「あ、これってそーゆー意味があったのか」とか、頭の中で独り言のオンパレード。誰かとそれを共有したかった、、

大列柱室

この大列柱室は、第19王朝のセティ1世が作り始めてラムセス2世の時代に完成しました。

高さが21mもあるでか柱が134本も立っています。

本当に息を呑む。んで感動のため息がでる。心の底からこの空間に圧倒されました、、。

てかセティ1世とラムセス2世の共同制作やばい。イケメンと建築王の合作やばい。アツすぎる。

アメン神を祀る神殿だけあってアメン神が柱の至る所にいます。

柱全てに何かしら書いてあるしでかいし、一体これどれだけの制作費かかった作品なん。

人の大きさと比べると明らかに桁違いの大きさだし、これを建造した当時の人達大天才集団じゃん。

これが絵画なら納得。だけど実際存在するもので立派すぎる建物ってのが、実物を見てもこれほんとか?と謎に疑いを持ってしまうほど意味わからんぐらい芸術作品すぎる。

これが何千年も前のものって、、。目の前の景色が都市伝説すぎた。(?)

柱の奥にオベリスクが2つ見える、ベストフォトスポット発見。ここで写真は必ず撮らにゃいけん。(笑)

上を見上げると色がしっかり残ったヒエログリフが、、!

21mってまじ高すぎるし、上も見たいけずっと上見とると普通に首終わった(笑)

柱にはラムセス2世の即位名が書いてありました。

やはりラムセス2世はどこにでも現れる(笑)

ここにもおるろーなあ。で、だいたいおる。

大列柱室の上見上げたらパピルス開花しとるん上がるよなあ。閉じとるのもいいけど、やっぱこの時代の開花バージョンのパピルス柱が大好きすぎる。

大列柱室の動画はこちら↓

エジプト版踏み絵

たしか大列柱室にあったんかな?どこにあったかは定かじゃないけど、これはエジプトの踏み絵です。

敵を足で踏みつけるためのものだとされています。

トトメス1世のオベリスク

先ほど、パピルス柱の間から見えたオベリスクの一つがこの、第18王朝(新王国時代)の王であるトトメス1世のオベリスクです。

高さが23mあります。

はっきりとトトメス1世の誕生名が描いてあるのが見えます。

天気が良すぎて、神聖な空気を浴びすぎてオベリスクにすら威厳を感じた。てかもう高揚感最高潮で感情と気持ちがよくわからん状況。

ハトシェプスト女王のオベリスク①

なんと私の尊敬するハトシェプスト女王のオベリスクがここにも聳え立っている!!

これは、第18王朝(新王国時代)のハトシェプスト女王が建てたオベリスクです。

これはトトメス1世のよりも大きく、高さが30mもあります。

ハトシェプスト女王の誕生名が、こちらもはっきりと描かれています。

本来は2本あったものが今は一本だけ立っています。

トトメス3世の像?

誰の像かわからんけど、トトメス3世と思われる像。後ろにトトメス3世の即位名がうっすらと見えるし、多分そう。

赤花崗岩製かな?全部が憶測だけど、多分そう。説明文とかないし自分を信じるしかない。(笑)

ツタンカーメンの像?

こちらは、第18王朝(新王国時代)のツタンカーメンの像。だと思われる、、。

推測にも程があるけど、顔的に少年王感満載すぎるけ、ツタンカーメンでいいや。🙃

トトメス1世の可能性も無きにしも非ず。

ハトシェプスト女王のオベリスク②

これは、ハトシェプスト女王のもう一本のオベリスク。横たわっています。

ハトシェプスト女王の即位名が書かれています。

アメン神とハトシェプスト女王かな?なんとハトシェプストが戦闘時に被る青冠を被っとる!!

あー。まじかっこいい。女性でこんなかっこいい戦士がおるかい他に。

聖池

これは第25王朝に作られた聖池です。

儀式の前に身を清めるためなどに使われました。

今も宗教全般、水で清めるってゆう儀式的なのってあるし受け継いだのか、それとも人は結局それをする運命にあるのか、、わからんけど全世界でそれを今もやりよるのが不思議。

聖池がある空間はこんな感じ。

結構広いスペースでした。

最後にこの広場的なスペースから撮った動画を載せておきます。最後の方に映るスカラベの像の周りを3回まわると願い事が叶うってガイドの人に言われたけど、せず。

カルナック神殿の近くのレストラン

カルナック神殿の近くにはレストランもあります。

海外って感じの。

10年前なので、今はもっとお店がたくさんあるかもです✨

以上でカルナック神殿の観光は終わり。本当に最高に幸せな時間でした、、、。

かなり急足で見たので、いつかまたここを訪れて朝から晩までおりたいな〜と心から思います。

この日は飛行機でカイロに戻って、カイロでの観光が始まります。次回の記事でカイロ観光について書いていきます!✏️

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